2026年、正解が機能しなくなる
第2回「うまくいっているはずだった状態」が、なぜ一番危険だったのか

第1回では、
毎日ブログを書き続けているにもかかわらず、
どこか満たされなかった感覚について書きました。

今回は、その違和感を、
もう少し深いところから見てみたいと思います。

あの感覚は、
「失敗」から生まれたものではありませんでした。
むしろ、失敗していなかったことから生まれていたものだったと、
今は感じています。

うまくいっている状態は、判断を奪います

うまくいっていないとき、人は迷いません。
選択肢がなくなるからです。
決めるしかなくなります。

一方で、
うまくいっている状態には、選択肢が残ります。

残るというより、
「決めなくても済む余地」が生まれる、
と言ったほうが正確かもしれません。

この余地が、
人から判断を静かに奪っていきます。

「まだ大丈夫」という言葉の危うさ

「まだ大丈夫」
「今はこのままでいい」
「急ぐ必要はない」

これらの言葉は、
自分を落ち着かせてくれる言葉のように聞こえます。

しかし同時に、
判断を先送りするための
とても都合のいい言葉でもあります。

厄介なのは、
これらの言葉が間違っていないことです。

実際、本当に「まだ大丈夫」な場合も多い。
だからこそ、人は判断しなくなります。

成功が、判断の代わりになってしまうとき

・売上が立つ。
・仕事が回る。
・周囲から評価される。

本来、これらは判断の結果として
後からついてくるものです。

しかし、ある段階を超えると、
成功そのものが
判断の代替物になってしまうことがあります。

「結果が出ているのだから、
 このままでいい」

その瞬間から、
判断は止まります。

情報が増えるほど、決められなくなる理由

人はよく、
「情報が足りないから決められない」と言います。

しかし、実感としては逆でした。

情報は、判断を助けるためにあります。
ただ、情報が増えすぎると、
判断を先送りする材料にもなります。

「もう少し調べてから」
「もう少し様子を見てから」

情報は、
決めない理由を無限に生み出せてしまうのです。

決めないままでも、人は動き続けます

誤解されがちですが、
「決めない」状態でも、人は動けます。

仕事はこなせますし、
日常も回ります。

ただし、その動きには
明確な方向がありません。

前に進んでいるようで、
同じ場所を円を描くように回っている。

その感覚が、
少しずつ心を削っていきます。

違和感は、判断の入口でした

満たされなかった理由は、
環境のせいでも、
能力の問題でも、
努力不足でもありませんでした。

判断していなかった。
それだけだったのだと思います。

違和感は、失敗のサインではありません。
むしろ、
判断が必要になったことを知らせる
静かな合図でした。

立ち止まることは、逃げではありません

動き続けることは、
美徳のように語られがちです。

しかし、
動き続けることと
進み続けることは、同じではありません。

一度立ち止まり、
「本当にこのままでいいのか」と考える。

それは逃げではなく、
次の判断を引き受けるための準備
なのだと思います。

次回は、
「人はなぜ、分かっていても決められないのか」
というテーマについて、
もう少し構造的に掘り下げてみたいと思います。

意志や性格の問題ではなく、
もっと別の理由があるのではないか、
という話です。

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