2026年、正解が機能しなくなる
第6回 それでも残ったのは「判断」だけだった
前回、
「教える仕事」をやめると決めた話を書きました。
環境を変え、
正解から距離を取り、
役割を一つずつ降りていく中で、
自然と次の問いが浮かびました。
では、何が残ったのか。
成果が出るモデルほど、違和感が残った
これまで、
いくつものビジネスモデルを経験してきました。
顧問契約。
サブスク型の支援。
補助金コンサルの成果報酬型。
どれも、
市場では「正解」とされている形です。
安定する。
継続収入になる。
クライアントにも分かりやすい。
実際、
成果が出たものも少なくありません。
それでも、
どこかに違和感が残りました。
判断の主体は、誰だったのか
違和感の正体は、
誰が判断を引き受けているのか
という点にありました。
顧問契約では、
「とりあえず相談すればいい」という空気が生まれる。
サブスクでは、
使っても使わなくても料金が発生する。
成果報酬型では、
「採択されればOK」という目標に引っ張られる。
その結果、
本来事業者が引き受けるべき判断が、
少しずつ外に流れていく。
「決めなくていい」関係性が生むもの
こうしたモデルは、
クライアントを楽にします。
でも同時に、
決めなくていい関係性を生みます。
判断を委ねる側と、
判断を代行する側。
その構造の中では、
どこまでいっても
「自分で決めた」という感覚が育たない。
うまくいかなかったとき、
原因が外に向きやすくなる。
それは、
誰にとっても健全ではありません。
正解だったモデルが、機能しなくなった
ここで大事なのは、
これらのモデルが「間違っていた」という話ではないことです。
ある時代、
あるフェーズでは、
確かに機能してきた。
でも今は、
AIも情報も整い、
正解が簡単に手に入る。
その中で、
判断まで外注する構造は、
少しずつ歪み始めている。
正解だったモデルが、
今の自分には機能しなくなった。
ただ、それだけの話です。
削ぎ落とした結果、残ったもの
顧問も、
サブスクも、
成果報酬も。
すべてを否定したわけではありません。
ただ、
自分が引き受けたい役割を考えたとき、
最後まで残ったのは一つでした。
それが、
判断そのものを扱うことです。
やるか、やらないか。
進むか、見送るか。
その判断を、
本人の手に戻すための時間と場。
そこにだけ、
自分が関わる意味が残りました。
判断は、商品にしにくい
正直に言えば、
判断は売りにくいです。
成果が約束できない。
分かりやすい比較もできない。
即効性もない。
だから、
これまで多くのサービスは
「成果」や「継続」を前面に出してきました。
でも、
それでもなお残ったのが判断だった。
次回、すべてを言葉にする
次回はいよいよ最終回です。
なぜ2026年なのか。
なぜ正解ではなく判断なのか。
そして、
これから自分は何を扱っていくのか。
これまで書いてきたことをまとめて、
自分の立ち位置をはっきり言葉にします。
