【経営者向け】価格転嫁の進め方|取引先に値上げを伝える前に準備する3つのこと

「材料費もエネルギー費も人件費も上がっているのに、取引先に値上げを言い出せない」というご相談を、経営者の方からよくいただきます。言い出せるかどうかは、話し方よりも、伝える前の準備で大きく変わります。

価格転嫁とは、上がった費用を、商品やサービスの値段に反映させることです。狙いは利益を増やすことではなく、上がった費用を吸収しきれずに利益が削られるのを防ぐことにあります。

本記事では、架空の会社の数字を使って、準備の3つ、交渉の進め方、国の指針と相談窓口、値上げ後の確認を整理します。解説動画の内容に沿った個別解説です。数字はすべて架空の例で、個別の取引が法律に照らして問題かどうかの判断や、税務の個別の判断はしていません。

価格転嫁が伝えにくい4つの理由

取引先に値上げを伝えにくい理由は、大きく4つに分けられます。1つ目は、取引が切れるのではないかという怖さです。2つ目は、根拠を求められたときに、説明できる資料がないという不安です。3つ目は、そもそも自社の数字があいまいで、いくら上げればよいのか分からないことです。4つ目は、いつ切り出せばよいのか分からない、というタイミングの問題です。

このうち、2つ目から4つ目は、準備でずいぶん減らせます。次の章から、準備の3つを順に見ていきます。

📊 このセクションの要点

伝えにくさの多くは、取引が切れる怖さ、根拠の不足、数字のあいまいさ、時期の迷いです。根拠・数字・時期は、準備で減らせます。

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準備1|原価の見える化で、上がった額を数字で言う

1つ目の準備は、費用がいくら上がったのかを、感覚ではなく数字で言えるようにすることです。例として、部品を加工して納める、社長のG社を考えます。年間の売上は1億円で、数字はすべて架空です。

費用 上昇前 上昇後 上がった額
材料費 4,000万円 4,400万円 +400万円(+10%)
エネルギー費 400万円 480万円 +80万円(+20%)
労務費 4,000万円 4,120万円 +120万円(+3%)
3つの合計 8,400万円 9,000万円 +600万円

G社は、その他の固定費が1,100万円で、上昇前の営業利益は500万円でした。このまま値上げをしなければ、費用が600万円増えるので、営業利益は100万円の赤字になります。材料費、エネルギー費、労務費に分けて、いくら上がったかを一覧にしておくと、取引先への説明がしやすくなります。

📊 このセクションの要点

費用は、材料費、エネルギー費、労務費に分けて、上がった額を一覧にします。G社の例では、合計で年間600万円の増加です。

準備2|いくら上げれば維持できるかを逆算する

2つ目の準備は、利益を維持するために必要な値上げ幅の逆算です。ここでは、わかりやすさのため、売上から材料費とエネルギー費を引いたものを「粗利」と呼びます。会計上の売上総利益とは定義が異なる場合があるため、自社の決算書の数字と比べるときは注意してください。

項目 計算 金額
固定費(上昇後) 労務費4,120万円+その他1,100万円 5,220万円
必要な粗利 固定費5,220万円+守りたい利益500万円 5,720万円
今の粗利 売上1億円−材料費4,400万円−エネルギー費480万円 5,120万円
足りない額 5,720万円−5,120万円 600万円
必要な値上げ幅 600万円÷売上1億円 6%

つまり、買ってもらう数量が変わらない前提なら、6%の値上げで、利益500万円を維持できる計算です。値上げ幅ごとの営業利益を並べると、次のようになります。

値上げ幅 営業利益 見方
0%(そのまま) 赤字100万円 費用上昇を吸収できない
1% ちょうどゼロ 赤字を避ける最低ライン
4.8% 380万円 材料費とエネルギー費の上昇分
6% 500万円 元の利益を守るライン

このように、赤字を避ける最低ラインと、利益を守るラインの2本を持っておくと、交渉の場で迷いにくくなります。損益分岐点の考え方は、関連記事で詳しく整理しています。

📊 このセクションの要点

必要な粗利から今の粗利を引くと、足りない額が出ます。それを売上で割ると、必要な値上げ幅です。G社は6%でした。数量が変わらない前提の計算です。

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準備3|根拠資料と伝え方を整える

3つ目の準備は、根拠資料と、伝え方、順番です。まず、準備1の一覧を、取引先ごとに整理します。労務費の上昇の根拠には、最低賃金の上昇率や、春季労使交渉の妥結額など、誰でも確認できる公表資料を使うのが基本です。

次に、希望する金額は、相手から提示されるのを待たず、自分から示します。先に相手の金額が出ると、それを超えて求めるのは難しくなるためです。そして、話し合った内容は、書面やメールで記録として残します。

補足

ここまでの考え方は、後述する国の指針が受注者の行動として挙げている内容と、ほぼ重なります。一般的な紹介であり、個別の取引が法律に照らして問題かどうかの判断はしていません。

交渉の進め方|段階で伝え、相手の事情に合わせる

準備ができても、6%を一度に求めなければならないわけではありません。ここからは、実務上の整理の一例です。取引先との関係や契約によって、適切な進め方は変わります。

一度に全部ではなく、段階で伝える一例

段階 内容 率
第1段階 材料費とエネルギー費の上昇分(480万円) +4.8%
第2段階 労務費の上昇分(120万円) +1.2%
合計 480万円+120万円=600万円 +6.0%

材料費の上昇が相手にも見えやすいなら、そこから始める。契約の更新時期にまとめて話すほうが自然な取引先なら、一度に伝える。順番は、取引先ごとに考えます。

相手の事情に合わせるポイント

相手の事情に合わせるポイントは、4つあります。1つ目は、切り出す時期です。契約の更新に合わせる、相手が翌期の予算を組む前に話す、最低賃金の引上げの方向が見えたあとに話す、といった時期が申し出やすいと考えられます。2つ目は、相手の窓口の担当者が、上司に説明しやすい材料を渡すことです。3つ目は、相手の会社も、さらに先の取引先から値上げを求められているかもしれない、と想像することです。4つ目は、日ごろから会話をしておくことです。

値上げで数量が減ったら

値上げをすると、買ってもらう数量が減ることもあり得ます。G社が6%値上げをした場合の営業利益を、数量が減るパターンで並べます。固定費は数量で変わらない前提の、架空の計算です。

売る数量 営業利益
変わらない(100%) 500万円
2%減る(98%) 約386万円
5%減る(95%) 約214万円
10%減る(90%) 赤字 約72万円

数量が9%近く減ると、営業利益はゼロになる計算です。値上げの前に、この取引先の数量は減りそうか、減っても耐えられるかを、あらかじめ考えておくと安心です。

断られたときの選択肢

断られても、そこで終わりではありません。次の4つが、実務上の整理の一例です。

選択肢 内容
理由を聞く 金額が高いのか、時期が悪いのか、根拠が足りないのか
一部・段階で出し直す 時期や率を調整して再提案する
条件を一緒に見直す まとめ発注、納期のゆとり、仕様の見直しなどで折り合える場合もある
相談窓口に相談する 一人で抱え込まない

📊 このセクションの要点

段階の分け方や、断られたときの選択肢は、実務上の整理の一例です。相手の事情に合わせ、数量が減る場合も想定して進めます。

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国の指針と相談窓口|公式資料で確認できること

内閣官房と公正取引委員会は、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を公表しています。指針は、発注者と受注者それぞれが採るべき行動を示したものです。このうち、受注者の行動として挙げられている内容には、次のものがあります。

受注者の行動 指針に書かれている内容
相談窓口を使う 国・地方公共団体・中小企業の支援機関などに相談して、情報を集める
公表資料を根拠にする 最低賃金の上昇率、春季労使交渉の妥結額・上昇率などの公表資料を用いる
申し出やすい時期を選ぶ 定期的な価格交渉の時期、契約更新に合わせる、など
自分から希望額を示す 発注者から価格を示されるのを待たず、受注者から希望する価格を示す

あわせて、日ごろから定期的にコミュニケーションをとることや、価格交渉の記録を作成して双方で保管することも、発注者・受注者に共通する行動として示されています。上で整理した準備の3つは、この指針の考え方と重なる部分が多くあります。

注意

この記事は、公的資料の一般的な紹介です。個別の取引が法律に照らして問題かどうかの判断は、していません。気になる場合は、下記の窓口や専門家にご相談ください。

主な相談先

相談先 内容
価格転嫁サポート窓口 全国のよろず支援拠点に設置。価格交渉の基礎知識や原価計算の考え方を相談できる
取引の相談窓口 取引上の悩みを相談できる(名称は資料により「下請かけこみ寺」「取引かけこみ寺」と表記が分かれる)
商工会議所・商工会 身近な経営相談
中小企業庁の資料 「価格交渉ハンドブック」が公開されている(内容は公式資料でご確認ください)

窓口の名称や連絡先は、変わることがあります。最新の情報は、各公式サイトでご確認ください。

📊 このセクションの要点

国の指針は、受注者の行動として、相談、公表資料の活用、時期の選択、希望額の提示などを挙げています。法的な判断は、記事ではしていません。

値上げ後の確認と、次の一歩

値上げが通ったあとにも、確認が必要です。1つ目は、粗利が逆算した数字どおりになっているかです。2つ目は、数量や取引の状況に変化がないかです。3つ目は、次に費用が上がったときに、いつ見直すかを決めておくことです。4つ目は、今回の交渉の記録を残しておくことです。担当者が替わっても、次の交渉が進めやすくなります。

まとめ|まず自社の上がった額を書き出す

ポイント 内容
1.原価を見える化 材料費、エネルギー費、労務費の上がった額を数字で言う
2.いくら上げるか逆算 粗利と損益分岐点から、必要な値上げ幅を出す
3.根拠と伝え方 公表資料を根拠に、希望額は自分から示し、記録を残す
4.段階で進めて確認 断られたら窓口にも相談し、値上げ後に数字を確認する

中小企業診断士として相談を受けて感じるのは、いくら上げれば利益を守れるかを数字で言える経営者は、交渉でぶれにくいということです。難しい計算は要りません。まずは、この1年で、材料費、エネルギー費、労務費がいくら上がったかを、書き出してみてください。制度の整理でお悩みの場合は、事前相談をご利用ください。

関連記事

参考:内閣官房・公正取引委員会「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」、中小企業庁 価格転嫁サポート窓口、中小企業庁 価格交渉ハンドブック、中小機構 J-Net21「価格転嫁に関する支援情報」。

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